①IRの場面ではターゲットとする株主を設定し、ターゲットにあった対応を行っていくのが一般的。
②政策立案の面でも全ての株主を対象にして考えるよりも、長期視点で企業価値向上を真剣に意識する株主をターゲットとして明確にすることが必要なのではないか。
企業がIRを行う場合、IRのターゲットとする株主をどの様に設定するのかは重要な問題です(IRターゲティング 参照)。もちろん、IR活動では、あらゆる投資家に同一な情報を提供する、つまりフェアディスクロージャーの理念が基本にあります。上場企業としてその情報によって株価が動きような重要な事実は当然フェアディスクロージャーに則って開示を行います。しかしながら、IR部門の人員リソースの問題、投資家によって異なる量と質、情報開示へのスピードなどを、いずれも満足できるように提供するのは極めて困難です。そのため、フェアディスクロージャーの対象となる情報以外の広汎な事柄はIRの目標を何に設定するかによって、会社ごとのスタンスも異なってくるわけです。
一般的なIRの目標は、会社のファンダメンタルズの状況に沿った適正な株価形成を目指すということでしょう。IRによって投資家に対して一時的に過大な期待を抱かしても、IR不足によって過小評価されても企業としては良くないわけです。
自分たちの会社の株価が適正に反映されるためには、どのような株主構成が良いのか、またSR(シェアホルダーリレーションシップ)の観点からは株主総会で議案を通すためにはどのような株主構成であることが必要か、などから企業は目標とする株主構成を考えています。
どの様な株主構成が望ましいのかということについては、企業が置かれている状況によっても異なり、明確な答えはないと思います。一般的にはベンチマークとすべき会社を特定し、株主構成の比較や株価形成要因の分析等をもとに、重視すべき投資家群を割り出したうえで、IR戦略や投資家へのアプローチ方法を検討している会社が多いのではないでしょうか。
コーポレートガバナンス・コードでも原則5-1で次のように書かれています。
上場会社は、株主からの対話(面談)の申込みに対しては、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するよう、合理的な範囲で前向きに対応すべきである。取締役会は、株主との建設的な対話を促進するための体制整備・取組みに関する方針を検討・承認し、開示すべきである。
当たり前のことですが、全ての投資家と対話を行うことは現実的ではありませんし、企業価値の最大化といった観点からも企業のリソースを効率的に活用することが求められているわけです。
さて、企業に対して求められている対話相手しての株主のターゲティングですが、これは同様に政策面でも必要なのではないでしょうか。
政策でも重視すべき株主を明確にすることで議論がシンプルになり改革はスピードアップする
安倍政権発足以降、株式市場を取り巻く制度が急速に整えられています。スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードだけでなく、開示その他に関しても様々な見直しが急ピッチで進められています。この様な改革には当然有識者会議などが開かれるわけですが、その様な議論の中で1つ気になるのが、個人投資家保護という名の抵抗勢力の存在です。
生命保険会社の資産に関しても、年金基金、投資信託の資金に関しても最終的な資金の出し手は個人投資家の皆さんです。当然、最終的な資金の出し手である個人投資家の権利がしっかりと保護される必要があることは疑いようがありません。しかしながら、企業価値を考えた場合のIRターゲティングの設定と同様に、政策においても市場価値を上げるための株主ターゲティングを行っておかなければ、議論が複雑になり改革のピッチが上がらないのではないでしょうか。
たとえば、日本では招集通知などは全て紙ですべての株主に送られています。しかしながら、海外では基本的には電子化され、議決権を行使したい株主がそれを請求するという形をとる国が多いのではないでしょうか。コーポレートガバナンス・コードで正式にコメントされたため、日本でも招集通知の送付と同時または先にWebサイトでその内容を開示する企業が増加していました。しかし、それまでは株主以外でも見ることが出来るWebでの開示が株主に先行することへの抵抗感から、Webサイトでの開示を行わない、あるいは招集通知送付後にWebに掲載するという会社が大半でした。また、招集通知はインターネットにアクセス出来ない個人株主がいるとの理由から、紙媒体での送付が必要とされています。
しかしながら、議決権行使をしたいと思う株主がインターネットにアクセスできないのか?現代社会でインターネットにアクセスできない株主が、様々な情報を集めて適切な議決権行使を行う能力を持っているか、という視点も必要です。企業の方向性を判断し適切な議決権行使を行う力がある個人投資家は当然インターネットのアクセスも出来ると思います。また、投票についても紙ではなく本来は電子的に行いたいと考えるのが自然ではないでしょうか。
日本の場合、欧米に比べて株主構成が分散しているという特徴があり、そのため声の大きい株主が存在していないという問題があります。これは英国などで社会的責任を自覚している機関投資家が様々な政策をリードしている状態とは大きく異なります。日本の株式市場に関連する人たちの間には様々な利害が存在します。それぞれの立場の人たちは、あからさまに自分たちの利権を主張するわけではありませんが、そこで常に個人投資家保護という名目で抵抗が繰り広げられるわけです。
株主平等の原則の下、全ての株主が平等の権利を持つことは必要です。しかし、情報へのアクセス力が相対的に弱いと考えられる投資家を守るべき前提としてしまうと、証券市場の発展を妨げるという面には注意をすることが必要なのではないでしょうか。また、日々トレーディングを行っている短期の投資主体は市場への流動性の供給という意味では一定の意味を果たしているかもしれませんが、市場の価値を上げる主体ではありません。
そういった意味では、証券市場を活性化させ、市場価値を挙げていくためにはどのような株主をターゲットとして、様々な制度を整えていくべきなのかを明確にすることで、証券市場にある様々な利害の問題はシンプルに解決出来るのではないでしょうか。
ここ数年、金融庁のリーダーシップもあり、過去では考えられないスピードで証券市場は進化していると思います。また、2つのコードによって、どのような株主、どのような考え方を重視すべきなのかはある程度明示されていると言えるかもしれません。しかしながら、その考え方は必ずしも共有されているわけではないため、個々の議論になると個人投資家保護の下、改革のスピードが遅れている部分があるのではないでしょうか。株主構成が分散している日本では、政策面でもターゲットとする株主を長期視点で企業価値向上を真剣に意識する株主というように明確にすることが改革のスピードを加速させるのではないかと思います。
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