①短期業績の予想に基づく投資については様々な規制が導入されようとしている。
②日本では業績予想の手法も、企業の事業計画の立て方もボトムアップでの積み上げに偏り過ぎており、ビックピクチャーに基づく長期の視点が不足している。
③ビックデータや人工知能を活用した運用手法が普及してくると、アナリストによる短期予想に基づく投資は競争力を失うと考えられる。
④アナリストは長期視点に基づき企業の本源的価値を探るリサーチに回帰する必要がある。
短期業績の予想に偏り過ぎていたアナリスト業務
日本証券業協会が、アナリストの発行体への取材や投資家への情報伝達行為に関するガイドライン案を作成しました。これは、アナリストが上場会社から入手した未公表の業績情報を用いて顧客を勧誘したとして、複数の証券会社が行政処分を受けたことが直接の要因となっています。特に、決算期末に近い時期に、アナリストが足下の業績動向についてヒヤリングするプレビュー取材と呼ばれる慣行に問題の主因があると言われています。
本来、プレビュー取材は企業が業績発表を行う前に着地の感触を伝えることで、突然業績発表が行われて株価にサプライズを与えることを避けることが目的であったと思います。しかし、近年は四半期の沈黙期間に入る前に可能な限り細かな情報を集める動きが過熱し、バイサイドアナリストはセルサイドが主催するプレビュー取材にできるだけ多く参加することで市場のコンセンサスとの差を探る動きを強めていました。この様なバイサイドアナリストの仕事の変質は長期予想に基づき企業価値を探るというアナリストの本来的な役割から離れていることに加え、未公表情報の管理に関わるリスクも高めることになっていたと思います。
ガイドライン案自体はかなり細かく行動を説明しており、セルサイドアナリストの行動が拘束されるのではないかと感じるかもしれません。また、2016年4月に公表された金融審議会では上場企業が未公表の重要な情報を特定の第三者に対して選択的に開示することを禁じるフェア・ディスクロージャー・ルールの導入を検討するように提言しており、決算短信についても簡素化の方向性が示されています。ルール自体の中身については様々な意見があると思いますが、大きな問題意識として、短期業績予想に開示やリサーチの関心が集中し過ぎている事を是正すべきということがあります。
もちろん、このような短期業績の関心は日本に限られたことではありませんが、それにしても、なぜ日本ではこれほど短期の予想とコンセンサスとの差異ということに対する意識が強いのでしょうか。日本の株式市場では「織り込み済み」という言葉がよく使われます。これはニュース自体が良いニュースであろうと悪いニュースであろうと市場がそれを事前に認識し、既にニュースの材料を踏まえた妥当価格になっていると、ニュースには反応しない、あるいは既に株価がニュースの内容を過剰に織り込んでいたとすると反動が起きる可能性もあるということです。そのため、特にバイザイドのアナリストにとっては競合する他社のアナリストがどの程度の材料を織り込んでいるかを知ることが重要となり、バイサイドアナリストはお互い腹の探り合いを続けることになります。そのため、会社予想、市場コンセンサス、影響力のあるセルサイドアナリストの予想と予想に対するニュアンスの変化、同業他社のアナリストの反応などが気になるということになるわけです。
また、その際には結果としての利益そのものを聞くというよりも、変動要因となるものの状況、例えば稼働率とか製品のミックスを把握しようとします。プレビュー取材はIRに対して利益そのものの着地に対するヒントを探るものですが、例えば工場見学などにおいても、頻繁に工場に出入りしていると例えばタクトタイム(自動車工場などで何秒に1台の生産が行われているか)の変化とか、ラインに配置されている生産機械の台数の変化などを知ることで、予想よりも上振れそうか下振れそうかなどを推測する場合もあるわけです。そこまで出来るようになると、それはそれで高い能力ともいえ、企業収益の変動要因についての理解は非常に高いのですが、その多くは短期の業績を予想するためのものです。したがって、それが企業に対する深い分析と理解に基づき、中長期的な観点から企業価値を探るというアナリストの本来的な役割を果たしているかというと疑問符が付くわけです。
なぜ日本では長期視点の分析が少ないのか
では、日本ではなぜ長期視点での分析が少ないのかということを考えてみたいと思います。私は、日本の運用会社と米国の運用会社で仕事をしていたことがありますが、企業業績予想を行う際の根本的な手法が異なっているのではないかと考えています。
非常にシンプルにその差を説明すると、日本のアナリストの予想はボトムアップで米国のアナリストの予想はトップダウンが多いということです。これは、企業が発表する業績予想の作り方(特に中期計画)でも同じで、日本企業は積み上げ型で予想を作っており、米国企業は短期の予想は積み上げますが、長期に関してはビックピクチャーに基づき方向性などを示しているだけで、積み上げで中期予想を作ることはしていない場合が多いと思います。
この様な業績予想を作成するプロセスの差は、業績の受け止め方にも大きな差を生みます。ボトムアップで作成している場合、着地の下振れはそのまま長期の予想を引き下げる結果となりがちです。なぜならば、ボトムアップの場合、常に現状からの積み上げで予想を作成するからです。逆にトップダウンで予想を作成している場合、そもそも短期の上振れ下振れは予想の時期のブレに過ぎません。そのため、着地の受け止め方はそれが長期予想に影響を及ぼすものかどうかを判断するためのものになるわけです。
日本のアナリストによる業績予想は極めて緻密です。企業が決算説明会などの場で発表している数字は全て何らかの形でモデルに反映させており、その数字が変動する可能性のあるファクターも出来るだけ織込むようにしています。そこになんらかのプラスアルファが出来るかどうかがアナリストの実力の差とも捉えられており、その差は企業に対する理解の差ともなっているわけです。ただ、ここにおける企業の理解というのは本質的な企業のカルチャーや長期的な企業価値ということではなく、細かいファクターをどれだけ知っているか、知識として持っているかということになりがちです。また、企業側も元々積み上げで予想を作成しているために、積み上げている1つ1つの要素が現在どのようになっているかという質問は非常に答えやすいわけです。
しかし、このような議論の中には長期的な視点はそもそも存在していません。これは、積み上げで作られた企業予想に対して個々の要素が上振れているか下振れているかの確認に過ぎないからです。したがって、日本のアナリストの中には企業予想なしで業績予想を作成することが出来ない人たちがいます。それは、東日本大震災の後に業績予想の発表を見送る企業が出た際、それでは予想が出来ないというアナリストの声があったことからも分かります。
日本企業の業績予想は海外企業に比べてかなり詳細なものであるため、短期に関しては会社予想を基にアナリストが味付けを行っていくやり方が最も効率的で正確な予想が出来ます。しかしながら、長期の予想はボトムアップの積み上げで行うことはできません。これが、日本の株式市場で中期的な企業価値よりも、短期の変動要因に注目が集まりがちな原因の1つだと私は考えています。日本企業は詳細で丁寧な業績予想を作成し開示しているが故に、アナリストがそれを上回る独自予想を作ることが出来ず、企業が発表している業績予想の詳細分析に終始してしまっているというのは皮肉なものです。
企業も投資家も企業の長期的な姿をイメージするプロセスの確立が必要
つまり現状としては、企業も投資家も、長期予想やそれに基づく企業価値の計測方法を十分確立出来ていない場合が多いのではないでしょうか。企業は長期の業績予想の示し方、考え方を見直す必要があります。これは現状の積み上げでの事業計画ではなく、中期的なビックピクチャーを踏まえて企業の方向性と、それが実現できた時の姿を示すことです。これは単なるP/Lの目標値を示すという事ではなく、それを実現するための投資計画、B/Sの姿、結果としてのP/Lが示されるという事です。これらが、バラバラに作られていると全体としての整合性が合わず、信頼性のない中期計画になります。
また、投資家も企業の中期計画に足し引きして中期予想を作るのではなく、自らの中期経済予測と企業の立ち位置を勘案し企業の中期計画なしでも長期予想を行う必要があります。それをなしに、企業価値に基づいた投資を行うことは出来ません。これらは、多くのアナリストにとって、仕事の仕方の根本的な見直しを要するものとなるかもしれません。
そもそも、短期の業績予想のコンセンサスとの差を超過収益の源泉とする投資が成立しなくなるのは時間の問題となっています。日中の値動きに注目したディーリングのビジネスは、人工知能などを用いたアルゴリズムトレードに急速に置き換えられてきました。短期の業績予想に関しても、企業からヒヤリングをするといったやり方ではなく、様々な方法で推定する方法が開発されてきています。例えば、ウォールマートの売上は人工衛星から見たウォールマートに停まっている駐車場に車の台数で大まかな売上が想定することができるようです。海運市況に関しても洋上の船舶数や航行速度などによってそれを想定するなどのやり方が採られ始めています。短期業績に関しては企業が知るよりも先に様々なビックデータを用いで予測することが可能になってきており、アナリストが通常の手法でそれらの予想に打ち勝つことが難しくなる時代は近づいているといえるでしょう。
短期の業績予想に基づくショートタームの投資に対して様々な規制が持ち込まれようとしていることを良いきっかけにして、改めて人間の力で超過収益を得ることが可能な長期視点の投資とはどのようなものか考え直すことが必要と言えるのではないでしょうか。
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