スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードはプリンシプルベース・アプローチ(原則主義)であるとされ、Comply or Explain(原則を遵守するか、遵守しない場合には理由を説明するか)という方式が採用されています。ただ、ルールベース・アプローチ(細則主義)に慣れていた日本の投資家や企業にとっては、どの様に対応すれば良いのかについて様々な意見があり一部には混乱もありました。ここでは、なぜComply or Explainというアプローチが採用されたのか、それを踏まえるとどの様な開示が望ましいと考えられるのかについて改めて考えてみたいと思います。
まず、なぜプリンシプルベース・アプローチ(原則主義)を採るかに関してはすでに丁寧な説明が行われています。まず、各原則の適用の仕方は、それぞれの会社が自らの置かれた状況により工夫すべきものである事。また、その意義は、一見、抽象的で大掴みな原則(プリンシプル)について、関係者がその趣旨・精神に照らして真に適切か否かを判断することにあるため、用語についてもあえて法令のように厳格な定義を置かず、自らが適切に解釈することが想定されているというのが基本となる考え方です。つまり、企業のガバナンスに関しても運用会社の投資家としての責任あるエンゲージメントに関しても、全てに適用できる答えはなく、各社の経営戦略・運用哲学などによって最適な方法は変わってきます。重要な事は自らの特徴をしっかりと意識し最適な方法を選択することが必要とされている訳です。
この様な考え方を踏まえて、どの様に方針を決定し開示していくかという部分で重要なのがComply or Explainという考え方です。受け入れを行う会社や運用会社は全ての原則を一律に実施しなければならないわけではなく、個別の状況に応じて原則を実施するかどうかを判断すれば良いわけですが、「実施しない理由」の説明を行う際には、実施しない原則に係る自らの対応については、ステークホルダーの理解が十分得られるよう工夫し説明することが求められている訳です。
このComply or Explainについてもう少し考えてみたいと思います。Complyという単語とExplainという単語を改めて辞書で調べてみたいと思います。
まずは英和辞典で調べてみると以下の様に書かれています。
Comply:
(願い・命令などに)応じて[添って]行動する;<・・・に>応じる;<規則・基準などに>従う
Explain:
①説明する。・・・を詳細に説明する、弁明(釈明)する、・・・の訳を言う
②[意味など]をはっきりさせる、明らかにする、<・・・に>わかり易くする
これを見ると、Complyについては原則を受け入れるという事の様ですが、Explainに関しては、受け入れなかった時に説明するという事で十分なのかという疑問が湧いてきます。「or」という単語が入っているのでどちらかを選ぶと考えるのが自然と考えるかもしれませんが、意味をはっきりさせる、明らかにするという意味を考え、原則主義の主旨を踏まえると、Complyする場合でも必要に応じてその内容を分り易くする必要はありそうです。因みに英英辞典explainを引いてみると、
1. to tell someone about something in a way that is clear or easy to understand
2. to give a reason for something or to be a reason for something
tell, show, demonstrateなどと区別しexplainは下記の様に書かれています。
To give someone the information they need to understand something
explainは日本語に訳す際には幾つかの訳があり、かつてはComply or Explainを「応諾釈明原則」などと訳していたこともありますが、釈明や弁明という言葉を用いるとexplainを選択しにくいために説明と訳したという話もあります。ただ、英英辞典で意味を調べると分り易いですが、explainする場合には、その理由を明快で解りやすく伝える必要がありそうです。つまり、explainはexcuse(謝罪の意味を含む言い訳・弁明)ではなく、それを聞いた人がなるほどと納得する内容である事が必要となるわけです。
コードの議論の中では「Comply or Explainなのだから、出来るだけ高いハードルの高い原則を示し、出来ない会社はそれを説明すればよい」という考え方もありましたが、これは必ずしも正しくないと考えられます。つまり、explainは相手が納得する形で明確に理解できる事を求めている訳です。よって、目標が高過ぎて、それが達成できないと宣言すれば良いわけではないのです。英国でも理想的なExplainは原則の内容を深く理解している事を示した上で、個別の状況に応じて、自分たちの採る方法が、自分達にとってなぜ一般的な原則よりも優れているかを示す事だとされています。
私はプリンシプルベースの主旨を考えれば、「ComplyすればExplainする必要がないわけではなく、逆にExplainすればComplyする必要がないわけではない」と考えています。Comply or Explainは遵守か説明かといった日本語としての捉え方ではなく、なぜプリンシプルベースを採用したのかという事を踏まえて対応するべきなのです。開示についても実情に応じて相手に内容が明確に理解できるかという視点から行う必要があると言えるでしょう。
英国のコーポレートガバナンス・コードでは、主要原則はComplyした上で、その内容をアニュアルレポートの中でExplainしています。細則は「Comply or Explain」としていますが、Explainする場合には、その理由や、実施予定時期を明確に示すべきとされています。ただし、これに関しても実情に応じて判断し分り易く開示することが求められるのです。今後は開示に関しても、何が求められているのかを独自に判断した上で必要に応じて出来る限り具体的な実施内容をExplainすることが重要だと考えられます。
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