日本版スチュワードシップ・コードでは、原則7において「機関投資家は、投資先企業の持続的成長に資するよう、投資先企業やその事業環境等に関する深い知識に基づき、当該企業との対話やスチュワードシップ活動に伴う判断を適切に行うための実力を備えるべきである。」として企業とエンゲージメントを行うにふさわしい実力と体制を整備することを求めています。
これに対して、機関投資家は受入方針の中でその説明を行うと共に、実効性を高めることを狙いとする新たな取り組みを行っている会社もあります。新たな取り組みとしては、運用会社内での実例蓄積・情報共有・活動レビューや勉強会・研修の実施といった基本的で地道な取り組みが大半です。これらの取り組みは当然継続して行っていくべきものですが、これらは極めて当然の取り組みともいえ、それだけで十分とはいえないのではないでしょうか。
英国では実力の具備といった原則はありませんが、NAPFが示しているスチュワードシップ活動の評価指針であるStewardship Disclosure Frameworkでは、スチュワードシップの7原則以外に、Compensation / incentives for investment staffとPolicy activitiesという評価項目を設けています。
なぜこのような項目が必要なのでしょうか。
まずは機関投資家の人事評価です。運用担当者の評価・報酬が運用成果に連動していないのは論外ですが、報酬が過度に短期的な運用成果に連動していると長期的な視点での投資が出来ず、企業との対話も短期的なものになることが懸念されます。また、短期的な運用成果で報酬が決まっているとすると、運用会社の投資・人材育成の哲学自体が短期的で長期的でないことの証左ともいえます。
機関投資家の成績評価の短期化するとそれに合わせ、事業会社、証券会社アナリストの情報発信も短期的な視点に基づくものが増えるなど、運用会社だけの問題を超えたインベストメントチェーン全体の問題になると考えられます。
次に、業界全体に対する貢献です。先進的な運用会社は持っている知見を自社のために活用するだけでなく政策協議などに積極的に関与することで業界全体のレベルアップに貢献することが求められています。自社のノウハウを公開することは優位性を損なうように思われるかもしれませんが、エンゲージメントで必要なノウハウは一朝一夕に身に付くものではありません。業界全体のレベルが上がることは、エンゲージメント能力がある会社にとって、自分たちが考えている認識ギャップが実現する速度を速め、リターンを高めると考えられるわけです。
投資顧問業協会が行っている日本版スチュワードシップ・コードへの対応等に関するアンケート(第2回) の結果を見ても機関投資家は過去2年間の活動を踏まえて、自社だけでなく投資家フォーラムやスチュワードシップ研究会といった投資家同士の集まりの中で意見交換することの意義を感じています。これまでは、あくまで個人ベースでの参加という形をとっていますが、今後はそれらへの参加に関しても運用会社が推奨しているということを示していくことは有効であると考えられます。日本では集団的エンゲージメントが行われていないことを考えると勉強会の参加自体が会社として特定の議案に対しての賛否やエンゲージメントの方向性を示しているということにはなりません。むしろ広く業界の意見に耳を傾け自社の意見を決定していることの証左になるわけです。
もうひとつ注目したいのはStewardship policy disclosureとして、受け入れ方針の定期的な見直しを求めている点です。企業はコーポレートガバナンス報告書を毎年提出して見直しを状況のアップデートを行っています。運用会社のスチュワードシップ活動方針自体が毎年変わるものではないかもしれませんが、それが適切であることを毎年確認し、確認したということを明記しておくことは重要です。なぜならば確認したことに関する開示がないと、一度作っただけで何も見直しをしていない会社との区別がつかないからです。また、例えばスチュワードシップ・コードの見直しがあった際にはそれに対してどのように対応するかということは必須となります。
さて、先ほども触れました投資顧問業協会のアンケート結果を見ていますと、直近1年間でエンゲージメントに関する方針を変更した運用会社は4%に過ぎません。エンゲージメントに関する方針はスチュワードシップ活動の中でもベースとなるものであるため、頻繁に変わるのは不自然かもしれません。しかしながら、直近1年を考えるとコーポレートガバナンス・コードの制定がありました。このような大きな変化があった場合には、コーポレートガバナンス・コードを受けて、企業のモニタリングをどのように変えエンゲージメントの中に反映させていくかについて記載することは必須と考えられます。スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードは車の両輪と言われています。つまりスチュワードシップ・コードの受け入れている運用会社は、実務面でコーポレートガバナンス・コードへの対応状況を見るだけでなく、自分たちの方針の中でもしっかり記載していくことが必要と考えられます。英国と比較した場合、活動の内容だけでなく運用会社のディスクローズという面では大きな差があります。企業だけでなく運用会社も透明性の高い開示を行っていくことが、運用会社としての実力を具備していっているということを客観的に評価されるために必要なのではないでしょうか。
実際、同アンケートによると約半数の運用会社が過去1年間で議決権行使に関するガイドラインもしくは方針を改訂しています。つまり、スチュワードシップ・コードの受入れ方針文の変更は行っていなくても着実に方針の見直しは進めているわけです。これらは議決権行使方針の中で外部にも開示されていますが、そのことをスチュワードシップ・コードの受入れ方針文の中で明記しておくことが重要と考えられるわけです。
また、英国では過去5年間の履歴を開示しておくことが良いとされています。スチュワードシップ・コードの受入れ方針文、議決権行使に関するガイドライン、議決権行使結果、スチュワードシップ活動の記録などは5年程度の履歴を開示して、適切な方針の見直しにより、実力が高まっている過程を示しておくことが重要と考えられるのではないでしょうか。
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