スチュワードシップ・コードの導入などを受け、機関投資家はスチュワードシップ責任の遂行や適切な議決権行使が強く求められています。そのため運用会社はガバナンス担当の部署の設立や、コーポレートガバナンス・オフィサーと呼ばれる議決権行使やエンゲージメントの責任者を置くなど様々な工夫をしています。
しかしながら、運用会社におけるコーポレートガバナンス担当部門の位置づけは様々です。例えば、ガバナンス評価は運用部門が行っており、投資評価とガバナンス評価の機能が統合することでガバナンスの評価を意思決定に結び付ける運用会社もあります。逆に、ガバナンスに関する深いディスカッションをするとインサイダー情報に触れる可能性があるため、そのような情報と投資判断者を遮断するため、投資判断に関与する部門から切り離している運用会社もあります。このような仕組みに関しては外資系運用会社では特に洗練された体制が引かれています。
企業の対応も運用会社の体制によって変わってきます。企業が株主総会議案などを運用会社に説明する際、運用会社がコーポレートガバナンスの専門組織や責任者を設けている場合にはそこにアクセスすることになります。逆に専門部署を設けていない場合には担当のファンドマネージャーやアナリストにアクセスすることになるわけです。海外の運用会社だと通常は「担当」がホームページに明記されているため、コーポレートガバナンスの窓口を容易に探し出すことができます。対話の先進国である英国などでは担当が明記されていることは企業と対話を行う上での礼儀とも考えられているようです。日系の運用会社の場合、必ずしも担当が明記されているとは限りませんが、運用会社が議決権行使の方針とプロセスを開示していれば、その担当部門や責任者が窓口ということになります。
インデックス・ファンドやクオンツ・ファンドは定性的な評価に基づく投資を行っていないため、ガバナンスオフィサーなどガバナンス担当者の考え方を中心に明確な基準に基づいて決定される運用会社としての議決権行使方針が議決権行使にあたっては決定的な意味を持ちます。それだけに、企業が株主総会議案を公表する際には、運用会社に思わぬ誤解を受けないようできるだけ分かりやすく内容を記載するべきなのは言うまでもありません。また、議案によっては直接ガバナンス担当部門にアクセスし、説明ことが望ましいと言えます。コーポレートガバナンス部門は厳格な議決権行使の基準を設けていますが、企業がこうした形式基準だけでは説明しきれない“深い内容”を運用会社に説明することは意思決定の質を上げていく上で極めて有効なのです。
一方、アクティブ・ファンドは、アナリストやファンドマネージャーの取材に基づき投資を行っている場合が多いため、ガバナンス担当部門の形式基準に加え、運用担当者の「定性的判断」が加わることが多くなります。最終的な権限がどこにあるのかは運用会社によって異なりますが、英国でのスチュワードシップ活動評価を見ても「運用担当者」が最終判断に対して責任を持つべきとの考え方があります。したがって、運用会社として株主総会議案に反対する場合には、議決権行使担当者の判断だけでなく運用担当者に確認し、ディスカッションを行った上で行うのが望ましいとされています。
一方で、同じ運用会社の中にパッシブ・ファンドとアクティブ・ファンドがある場合、議決権行使の意思決定が常にアクティブの考え方で決まることには違和感があるという意見もあります。どうしても個別の企業を深く見ている運用者と多くの企業を広く薄く見ているガバナンス担当者では個別企業の話になった場合には、運用者に分があります。しかし、それではガバナンスに対する深いディスカッションの結果とは言えないのではないかというわけです。常に売却の自由があるアクティブと、基本的に売却ができないパッシブでは対話の方針も異なります。今後は同じ運用会社の中でもファンドの運用方針に沿ってレベルの高いディスカッションが求められるでしょう。
日本の運用会社におけるガバナンス部門の役割は、現時点では「議決権行使方針の決定」や、その後の「エンゲージメントの方針の決定」にとどまっていますが、ガバナンス先進国である英国ではさらに大きな役割があります。英国では取締役の選任に際して事前に上位株主には打診をするのが一般的であり、なかには社外取締役の推薦を依頼するケースもあります。取締役の選任に関する情報はインサイダー情報ともなることから、企業は運用部門と対話するのではなく、運用部門と情報隔壁を設けているコーポレートガバナンス部門にアクセスし、相談することになるわけです。このように英国におけるガバナンス部門の役割は、議決権行使の意思決定以前の議案の策定にまで及んでおり、企業との対話の中で極めて重要な役割を果たしています。
運用会社の議決権行使は、その賛否の動向のみに注目するのではなく、意思決定の仕組み自体がどのように変化していくかに注目していく必要があるでしょう。
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