私は株式投資を行う際に必ず投資先企業の長期予想を行います。しかし、多くの投資家は四半期先の事も不透明なのに5年先10年先の事が解るはずないと考えています。では、四半期先の事も分らない企業の業績を、長期視点の投資家はどの様にして長期予想を行うのでしょうか。私が考えるエンゲージメントの前提となる長期予想とは何かを説明します。
実は、四半期の予想に集中する投資家と、5期先10期先の予想を行う投資家では求めているものが大きく異なります。四半期予想の投資家が求める情報は、コンセンサスに対して業績が上振れるか下振れるかという事です。つまり、そもそもかなり高い精度の予想がある中で、その精度の高さを競い合っている訳です。これを天気に例えると、明日の気温が天気予報の予想よりも高いか低いかという事で競い合っている様なものです。一方、長期投資家が行っている長期予想は、そもそもコンセンサスがない中での予想です。ここでは精度の高さを競うのではなく、業績の方向性を予想とその水準をイメージしようと思っているのです。これは、6ヶ月後の気温が高いか低いかという事の予想するのと近く、もう少し精度を求めるにしても冷夏か猛暑かという事を予想する様なものです。つまり、短期の投資家は天気図を睨みながら明日の気温を推定するのに対して、長期の投資家は今が夏か冬かという季節を知ろうとするわけです。それが分れば、6ヶ月後の気温が今より高いか低いかは解るわけです。
では、企業調査の場面ではどの様な違いがあるのでしょうか。短期の投資家も噂で右往左往しているだけではなく、徹底的に企業調査をしている場合はあります。なかには長期投資家よりも企業を良く知っている人もいるくらいです。しかし、彼らの関心は企業が出している予想が楽観的か悲観的かについて、その前提を確認していく事にあります。企業が出している予想の前提を突き詰めて調べていくとその確からしさが分るわけです。東日本大震災の後、いくつかの企業が業績予想を見送った事がありました。それに対して、それでは予想が出来ないというアナリストがいましたが、これは企業の予想に対して色を付けることによって業績を予想しているから出て来る発言です。
では、長期予想を行う投資家はどの様にして長期予想を行うのでしょうか。長期の場合、精度はそれほど高いものを求めないと言っても、単に直線的に業績を伸ばすのでは問題があります。逆に景気の波を入れても、5年先10年先が山にあたるのか谷にあたるのかを予想するのは、非常に確率の低いやり方です。長期予想を苦手とする投資家は一期毎の業績予想を積み上げて長期予想を行おうとしています。これでは長期予想は出来ません。なぜなら先の予想になるほど精度が落ち、業績予想としての意味がなくなるからです。これは先程の気温に例えれば、明日の気温を予想し、それに基づき明後日の気温を予想するというやり方で数か月先の気温を予想する様なやり方だからです。明日の気温を考える際に重要なのは今日の気温と明日の天気図です。しかし数か月後の気温を予想するのは、今の季節と平均的な気温の推移を理解している事です。つまり、長期予想を行う際には、短期の予想を行う方法とは根本的に違うやり方を採るのです。
短期の予想はP/L(損益計算書)の予想が中心です。つまり売上はどうなるかその時利益はいくらくらいかなどを予想するのです。その予想が出来ると、その次の期の予想を行うといった具合です。しかし、そもそも今期の予想を行うことも難しいわけですから、来期・さ来期となるにつれ誤差はどんどん大きくなります。その様な予想を前提に長期投資を行えない事は当然といえるでしょう。
一方、長期の投資家はB/S(貸借対照表)から予想します。企業業績自体は外部環境によっても変化しますが、会社の意思としてどの様なものをどの様な規模で生み出そうとしているのか、そのために必要なものは何かを明確に把握し、そのために必要な投資と資産を考えて行くわけです。したがって、長期予想を行うためには、先ずは現状の徹底的な分析を行い、その後に企業のビックピクチャーに沿って将来予想を行っていきます。
やや抽象的なので少しだけ、具体的に説明します。
自動車会社Aの5期先予想をしてみましょう。
短期予想のケースですと、企業の中期予想や過去の成長率に基づき、売上を予想し企業の限界利益率から大体の利益の伸びを計算していく事になります。これは2期から3期は中期計画に基づいてそれに少し濃淡をつけて予想するのが一般的です。その先2期は何も変化が起きない前提で、そのままの伸び率を引き延ばしたりするわけです。
長期予想のケースですと、先ずは、現在の売上を構成する要素の分析を行います。車を何台生産するためには、どの様な設備が必要なのかをB/Sの資産の部から把握、P/Lではその原価構成を分析します。数期先の予想を行う際に、売上・利益を企業から教えてもらう必要は基本的にはありません。数期先に何台の車をどの地域でどの様な生産体制で生産しどこで売ろうとしているのかをしっかり理解すると、おおよその企業規模・生産体制・それに対する投資の規模が分るからです。長期投資家は独自に予想を行い、企業の中期計画に対しては独自に行った予想との差異を確認します。
その様な分析の仕方の差異があるため、長期予想を行っている投資家にとっては、それが5期先10期先になっても特に問題なくB/S、P/Lの予想を示す事が可能なのです。また、マクロ経済の変化に対してもその対応は迅速です。なぜならば前提の変化によって、企業価値がどの様に変化するかがある程度的確に判断出来るからです。これは方向性だけをイメージし、常にオーバーシュート、アンダーシュートを繰り返す株式市場の一般投資家とは一線を隔したものとなります。
さて、コーポレートガバナンス・コードでは長期保有の株主という言葉が使われています。企業から見た場合、長期保有の株主はまさに企業と寄り添う株主として捉えられるのでしょう。しかしながら、株式の保有期間は、投資スタイルだけでなく運用資金の性格によっても異なります。企業価値に係る真のエンゲージメントを行うという視点では、長期保有という事がエンゲージメントに繋がるわけでもありませんし、保有期間が短くてもエンゲージメントに適さないわけではありません。重要なのは保有期間ではなく長期の視点を持って企業分析を行っているかどうかだと考えます。
一方、投資家側も長期視点での投資という限りは、その方法論を確立しなければなりません。私は長期視点で投資を行うための大前提は長期予想を行っているという事だと思います。投資家が長期予想に基づき長期の視点で対話を行うことで企業も長期的視点で経営を行い対話する事が可能となり、企業価値の向上に繋がります。長期予想に基づき企業価値分析を行っていれば、短期的に投資や研究開発を抑えて、利益を出したとしても長期の業績予想を引上げる要因にはならず、逆に企業価値を下げることになります。
責任ある株主として企業と対話を行うためには、投資家も長期予想についての考え方をしっかりと整理することが必要なのではないでしょうか。
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