①重大イベントに際しては、結果を予想し投機的なポジションを取るのではなくニュートラルなポジションを作る。
②自分にとってリスクニュートラルなポジションを理解しておくことは長期的に投資で成功する重要な要素。
③長期視点の投資家にとって、急激な相場変動による市場の歪みは絶好の投資機会となる。
24日の日本市場は英国の国民投票の結果EU離脱が決まったことから株価は大幅に下落、為替も急速に円高となりました。世界の株式市場も大幅な下落となっています。何人かの読者の方からも、このような時の対応方法についてご質問を受けたので、今回は重要イベントに対してどのような対応を採ればよいのかについて説明したいと思います。
イベントの前に行うべき事前の準備
まず、今回の英国による欧州連合(EU)離脱に関して、どのような事が予想できたでしょうか。まず、残留と離脱に関して市場はどのように見ているのかの把握が必要です。直前の相場の状況を見ていると、離脱の不安は残しているものの、残留の可能性が高いとの見方が大勢であったと思います。
その様な状況では残留となれば安心感が広がり、株式市場は緩やかな上昇基調となることが予想されていました。一方、離脱は予想外であり、株式市場は大幅な下落が想定出来たわけです。仮に離脱なら日経平均が1000円下落、残留なら200円上昇と予想していたとしましょう。その時、離脱の可能性が30%、残留の可能性が70%とした場合どの様なポジションを取っておけばよいかというのが問題です。
まず思いつく考え方は2つでしょう。
(1)残留の可能性が高いので、残留することを前提としたポジションをとる。
(2)残留した場合の期待リターンと、離脱した場合の期待損失を考えた場合、確率とリターンの関係がつり合っていないので、離脱を前提としたポジションをとる。
しかし、これは両方とも賢明な方法ではありません。(1)の場合、1つのイベントでは利益が出る可能性が高いかもしれませんが、今後も何度も起こるイベントの中で同様のポジションを取っていると、いつか大きなロスを被る時が来るでしょう。(2)は例えば個別銘柄で同じような確率の銘柄があり、10銘柄投資を行う場合には正しいやり方となります。しかし、1回限りのイベントに関してはみすみす確率の低い方法に賭けることとなるわけです。
基本的にプロの機関投資家は、イベント後の相場を予測して投機的ポジションを取ることはありません。基本的にこのようなイベントの前には、リスクに対してニュートラルなポジションを取り、イベント後に適切なポジションを作りやすくしておくのが定石です。ニュートラルなポジションとは、資産運用の目的に沿って長期的に投資を続けていくことが出来る投資比率です。
実は、機関投資家は、あらかじめ決められた資産配分の比率に基づいて運用を行っています。株式ファンドの場合には基準となるベンチマークがありますし、年金などの資産配分に関しては、基準資産配分が定められています。したがって、ニュートラルなポジションとは、それらの基準通りになっている状態を指しています。したがって、このようなイベントに際して運用面でバタバタすることはありません。しいて言えば、お客様への説明に追われるくらいなのです。また、このようなイベントで相場が大きく変動すると、必ず行き過ぎが生じ個別銘柄でもミスプライスが散見されます。その際、自分が選別した銘柄で企業価値からかい離する銘柄が出てきた場合には絶好の投資機会となるのです。
つまり、このようなイベントの前には、イベントに賭けるのではなく論点整理を行い、イベント終了後迅速にポジションをとれる用意をしておく。可能な限りリスクニュートラルなポジションを採っておくという事が重要です。
ニュートラルなポジションを知る
さて、機関投資家はイベントに際してはニュートラルなポジションを採ると言いましたが、機関投資家は常にニュートラルなポジションを採っておくという事を意味しているわけではありません。当然のことながらファンドマネジャーはその裁量の範囲でリスク特性や資産配分を調整し基準からかい離したポジションを取ることも付加価値の1つとしています。つまり、日本株が上昇傾向を続けると思えば、強気なポジションを採り、下落が続くと思えば慎重なポジションを採ることもあるわけです。
しかしながら、相場は常に行き過ぎます。また相場見通しに対する確信が低下することもあるわけです。そのような場合には、無理に相場を予想しポジションを傾けるのではなく、ニュートラルなポジションに戻すことが大切です。ニュートラルなポジションを取ると相場が上がろうが下がろうが関係ないわけで、運用者にとっては非常に気楽で冷静に次の手を考えることが出来るようになります。ここで大切なことは、無理に相場を予想せず、解らないものは解らない、自信のないものは自信がないという事を自覚しておくことです。これは、常に説明が求められるプロの機関投資家も陥りやすい罠です。説明が求まれるが故に、本来確信度低いにもかかわらず、自分の説明に引きずられる人も多いのです。
さて、ニュートラルなポジションがすでに与えられている機関投資家と異なり、個人投資家の方々がニュートラルなポジションが何であるかを理解することは容易ではありません。教科書的にはリスク許容度に応じた資産配分の比率を決めて運用すべきなのですが、自分のお金となるとついつい欲も出ますし、そもそも運用目標とリスク許容度などが曖昧なことも多いと思われます。また、リスクの感じ方は個々人の感性によっても大きく異なります。これらは機械的に算出できる訳ではないのです。
そういった意味で、今回の様な相場変動は自分のリスク許容度を知るうえで大変貴重な経験となります。例えば、今回の株価下落で、株のウェイトを引き下げなければと思っている方は、そもそもリスクを取り過ぎていたと考えられます。ニュートラルなポジションの場合、その資産が下落した時には基準となるウェイトよりも保有ウェイトは低くなっているわけですから、本来はどのタイミングでニュートラルに戻すか、つまり買いに入るかを考える筈だからです。
マーケットの先行きが不透明になると、不安に駆られ保有株のすべてを売りたいと考える方もいます。しかしそうすると、次の急騰局面に乗り遅れることになるわけです。そのような事があると高値で買った株をボトムで売り、その後の上昇局面も取り逃します。その結果「相場は難しい」となるわけですが、プロの機関投資家は、そもそもその様な極端なポジションを取らないために、冷静に少しずつ付加価値を付けていけるわけです。これが長期的に付加価値を積み上げるコツです。
つまり、ニュートラルなポジションとは慌てず、投資方針を維持していけるポジションなのです。自分にとってニュートラルなポジションを知ることは長期で投資を行う上で大きな財産となるでしょう。
相場急変動後の投資方針
さて、明日からの投資方針です。実は長期視点の投資家にとって明日からの相場は非常に簡単に超過収益を積み上げる好機となります。これは個々の企業の企業価値を理解しており、そこからのかい離が大きいものを冷静に積み増していくことが可能だからです。
多くの一般投資家は、どの会社の株が上がりそうかを考えて投資をしています。しかし、そこには企業価値という概念がありません。企業価値の考え方を理解していないと基準が存在しないので単なるギャンブルの様に相場に参加するしかなくなってしまうわけです。上がる株を探そうとすると常に市場動向に気を配り、落ち着かない日々を送ることになります。しかし、価値のある企業を見つけ、企業価値から見て割安かどうかを判断できていれば、市場の動向は大きな関心事ではなく、着実に価値を積み上げていけるわけです。このようなイベントの後にワクワクしながら投資戦略を考えるようになりたいものです。
しかしそうは言っても、企業価値に着目した投資を急に実践するのも簡単ではありません。そのような中、企業価値を理解していなくてもすぐに出来るのは「ペアーズ」を見つけその歪みを取ることです。「ペアーズ」とは似た値動きをする銘柄でロング・ショートのポジションをつくることです。機関投資家はベンチマークを定め、それと一致している状態がニュートラルであることを説明しました。そうすると、株式のポートフォリオとはベンチマークに対してロングとショートを組み合わせたものとも考えられるわけです。具体的にはTOPIXをベンチマークとする機関投資家が新日鉄の株を保有して、他の鉄鋼株を保有していない場合、ベンチマークン対しては新日鉄でロングポジションを作り他の鉄鋼株でショートポジションを持っていることになります。このような判断は企業価値とのかい離の大きさで判断していくわけですが、それ程違いのないビジネスを行っている場合には、それ程大きな株価のかい離は生じないはずという考え方も出来ます。今回の様な大きな市場変動があると、両社の関係が一時的に崩れることがあります。そのように企業価値と無関係な需給によって崩れた関係は、それほど時間をかけずに修正され元の関係に戻ると考えられます。このように株価の位置関係が崩れた銘柄でロング・ショートポジションを作ることは非常に容易で成功確率の高い投資方法と言えます。また、市場が上がろうと下がろうと関係がありません。
次に、円安のメリットを受けていたわけではない国内中心のビジネスを行っているにも拘らず、株式だというだけの理由で売られている銘柄も散見されます。このような銘柄も絶好の投資チャンスとなるわけです。
ここで、やってはいけない事を述べておきます。
まず1つ目はPERを見て割安だという判断をしてはいけないという事です。PERはEつまり予想利益が確からしいという事が前提となります。しかし、今回のように為替の大幅な変動を伴いグローバル経済へのインパクトも無視できない場合、予想利益の確からしさは低いと考えられます。よく企業の保守的な予想という言われ方をしますが、日本企業の業績予想が保守的という事はありません。過去数年は業績が拡大基調にあったため、前年比でプラスアルファの予想をしていると、徐々に業績予想が引き上げられてきたわけですが、下方修正局面では根拠なく極端に低い予想も出しにくいので何度も下方修正を続けることになりがちです。こういった局面ではPBR(株価純資産倍率)やPSR(株価売上高倍率)といった、分母の変動性が小さい指標を用いた投資が有効となります。
次に、極端に高い利益を求めない事です。特に、今回の下落で損失を被った方はそれを取り戻そうという気持ちとなりがちです。しかし、損失を取り戻すために冒険的なポジションを取ることが最も効率の悪い投資なのです。長期で見た場合、リスクが小さく価値のある銘柄を保有していくことが確率の高い儲け方といえます。巷で言われる、資産を何十倍にもしたという話は、理論的な根拠のない偶然の体験談に過ぎません。長期で見た場合、株式投資で重要なのは少しでもどん欲に儲けることではなく、リスクに見合った適切なリターンを着実に積み上げていくことなのです。
最後に少しだけ、今回の結果に対する私の感想を述べておきます。
英国の国民投票の結果は、僅差で離脱となったわけですが、そもそも残留となったとしてもそれは僅差であり、グローバル化の進展によってもたらされた果実がひどく偏った形で分配されている現状に対する不満をもはや抑えることが出来なくなってきているという根本的な問題があります。数字で見ると堅調に経済が成長していることで問題が覆い隠されてきたように見えますが、富の配分を巡る不公平感はむしろ増幅されていました。特に世界的な金融危機以降の金融緩和で、金融資産を持つものと持たざるものの不公平感が増幅されているといえるでしょう。
つまり、英国のEU離脱も米国におけるトランプ氏の躍進も根本にある不満は同じなのではないでしょうか。知識人からすると、彼らの主張は危険で経済的なダメージが大きいと考えるわけですが、そもそも彼らの支持者は経済の恩恵を実感していないわけです。その結果、米国においても英国や欧州諸国においても、選挙で選ばれた現在の政府を信頼していない国民が増加しているのではないでしょうか。
今回の国民投票の結果は、すでに多くの人たちが感じていながら、現実のものとして受け止めることを避けてきた不都合な事実が結果として示されたに過ぎないと感じます。そういった意味では、テクニカルに現在の相場を乗り切ると同時に、今後の資本主義改革がどの様な形で行われ、どこに向かっていくのかは冷静に見ていく必要がありそうです。
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