①財務情報と非財務情報を統合し企業の価値創造プロセスを伝える統合報告書は急速に進化している。
②企業の価値創造プロセスをステークホルダー全体に伝えるためには、利用者に合わせて報告内容の抽出や表現方法を工夫することも重要。
日本企業は社会貢献活動としてのCSRには従来からまじめに取り組んできました。しかしながら、投資家は企業価値と直接関係のないCSR活動については特に評価することがないという状態が続いていました。ところが、スチュワードシップ・コードの受入れやGPIFによるPRIの署名などがきっかけとなりESGを積極的に評価しようとする動きが高まっています。また、企業サイドでも企業価値との結びつきを明確に意識したESGの考え方が急速に進化しており、開示資料としては統合報告書を作成する企業が増加しています。統合報告書では財務情報中心の開示であったアニュアルレポートと株主の事はほとんど意識されていなかったCSRレポートと単に合本するのでなく、統合的思考に基づき経営理念を起点としてステークホルダーとの関係を整理し、企業価値創造のプロセスを再整理した開示しようとする流れが明確になっています。
さて、企業の価値創造プロセスを表現するために作成された統合報告書ですが、それ自体が有効活用され価値を生み出さなければ意味がありません。基本的に統合報告書は投資家のために作られた開示資料であるアニュアルレポートにESG情報への関心の高まりに合わせてCSR活動を中心とする非財務情報を加えた資料ともいえ、投資家は企業のPRではない客観的な情報を必要としています。そのため、従来のCSRレポートのように価値創造プロセスが明確でない「活動内容」紹介中心のレポートではニーズを満たすことが出来ません。したがって、多くの報告書は簡潔に価値創造プロセスを表現するようになってきています。
また、統合報告書を真剣に作成するとその内容は投資家だけではなく、社員全体で共有すべきという観点から、管理職社員にはそれを配布するといった取り組みも行われています。ただ、多くの社員にとって、その内容はやや専門的ともいえます。そのため、専門的な知識を持たない社員に対しても分かりやすく伝えるために、数値データよりも「考え方」や「活動内容」を中心とした「CSRブックレット」と呼ばれる資料をアサヒグループホールディングスは作成しています。これは、取り組みや活動のトピックを中心に編集してあり、営業担当者が得意先に持参し説明できることを意識して作られているそうです。
アサヒグループホールディングスではWeb、冊子など利用媒体別にターゲットを明確に定めて開示資料を作成しています。上述した冊子の報告書では利用者を専門家と非専門家に分けて何を抽出するかが考えられていますが、Webでは専門家も含め広く社会一般の人たちに開示するため情報の網羅性が重視されているわけです。
統合的思考に基づき作成された統合報告書で書かれている内容は企業を取り巻くステークホルダー全体で共有すべき内容と言えます。しかしながら、それを伝えていく過程では、ターゲットに合わせて抽出すべき内容を変え表現方法を工夫していくことも必要になってくるのではないでしょうか。
統合報告書作成の意味をアニュアルレポートとCSRレポートを一体化させるというように捉えていると、新たな資料が出来ることは逆行した動きに見えるかもしれません。しかし、統合報告書はその作成過程で必要となる統合的な思考こそが投資家にとっては重要であり、ステークホルダーの間でその価値観を共有化することが重要です。これからは、統合報告書の内容を高めるだけでなく、その内容を共有するため何が必要であるかを考え、そのために有効なツールを用意することも必要になるのかもしれません。
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