①マイナス金利の長期化が予想されることで安全資産である国債からリスク資産(株式や外国証券など)へのポートフォリオリバランスが意識されるようになった。
②金融機関の投資行動は変化してきているが、個人の投資行動には大きな変化は見られない。
③個人の金融資産でも無リスク資産の投資リターンがマイナスにならなければ本格的なポートフォリオリバランスは起こらないのではないか
日銀による長短金利目標を設定した量的・質的金融緩和の導入の結果、日本の長期金利は長期にわたってゼロ%近辺に固定される可能性が高くなりました。その結果、長期で保有すれば確実に金利収入を得られた10年物国債は、長期で保有した場合には収益ゼロかマイナスの金融商品に変わってしまいました。これによって、「個人や国内金融機関は価格変動リスクをとった運用に動く」との期待があります。日本で国債からリスク資産(株式や外国証券など)への資金移動(ポートフォリオリバランス)は起きるのでしょうか。
ポートフォリオリバランスへの期待は、02年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏が提唱したプロスペクト理論がその根拠として考えられています。これは、人間は利益に対しては一獲千金よりも安全確実を優先しがちですが、損失に対してはギャンブルしてでもそれを回避しようとする傾向があるというものです。
プロスペクト理論
プロスペクト理論では、意思決定の際に確率と得られる利得の感じ方が異なるということを証明する例として、2つの質問に対する意思決定の違いを挙げています。
質問1:
A:100万円が無条件で手に入る。
B:コインを投げ、表が出たら200万円が手に入るが、裏が出たら何も手に入らない。
質問1では、どちらの選択肢も手に入る金額の期待値は100万円と同額です。しかし、堅実性の高いAを選ぶ人の方が圧倒的に多いことが分かっています。
質問2:200万円の負債を抱えているものとする。
A:無条件で負債が100万円減額され、負債総額が100万円となる。
B:コインを投げ、表が出たら支払いが全額免除されるが、裏が出たら負債総額は変わらない。
質問2では、どちらの選択肢も減額される金額の期待値は100万円と同額です。しかし、質問1とは違ってギャンブル性の高いBを選択する人が多いことが分かっています。
この結果から、利得を得るチャンスに対しては、利得を逃してしまうリスクの回避を優先し、損失を目の前している場合では、損失そのものを回避しようとする傾向があるということがわかります。
つまり、安全な資産がなくなり、どの資産でも損失の可能性がある場合、多くの人は損失拡大リスクをとってでもチャレンジする可能性があると考えられるわけです。
低金利とマイナス金利の違い
量的緩和など非伝統的な金融政策を行う前、金融緩和は金利を引き下げることで、人々や企業がお金を借りやすくすることで経済を活性化させる施策と考えられていました。
しかしながら、超低金利を継続しているにもかかわらず、企業が借入を増やして積極投資を行う行動は限定的ですし、個人も借入によって大きな家に住み替えるなどという行動には出ていないわけです。つまり、いくら金利を引き下げても、量的緩和を行っても、経済は当初の期待ほどには活性化してこなかったわけです。ただ、従来の金融緩和はあくまでもゼロ以上の金利での低め誘導でした。しかし、金利がマイナス金利となり、それが長期にわたって継続する可能性が高いとなると、実体経済への影響ではなく金融資産の移動が起こるのではないかという見方があります。
実際に、国内金融機関の中では最も長期の資金を扱う生命保険会社の資産運用は、大幅なアロケーション変更とまでは言えないものの新規資金を国債に振り向ける動きは大きく鈍化、2014年2015年と2年連続で業界全体の国債保有残高は低下しています。また、2017年度に予定利率の引下げ(保険料の値上げ)を実施した場合、貯蓄目的の保険商品の中には、計算上は満期時の保険金額または年金総額が払込保険料に満たないケースが生じてくる可能性もあります。その場合に生命保険会社がどの様な商品戦略をとるかは不明ですが、計算上明らかにマイナスとなる商品は販売を取りやめる可能性もあるでしょう。そうなると個人の方々にとって金融商品選別がますます難しくなると考えられます。
やはり、どんなに低くてもマイナスではないものと、必ずマイナスになるという事とでは大きな差があるわけです。
さて、金融機関にとってはすでにマイナス金利に突入する事で投資行動に変化がみられますが、個人から見た場合、リスクを取らなければ必ずマイナスとなるという状況が発生しているのかという事が問題となります。
個人の金融資産でも無リスク資産の投資リターンがマイナスにならなければ本格的なポートフォリオリバランスは起こらない
現在のところ、銀行の預金金利はマイナスではありません。個人投資家から場合、すでに預金金利には期待していない状態が長らく続いており、それはマイナス金利になっても特に変化はありません。これでは金融商品を選択する余地が狭められただけで、ポートフォリオリバランスは起こらないと考えるのが、自然ではないでしょうか。
銀行預金金利をマイナスにすることはかなり難しいと考えられます。海外では口座維持手数料などがあり、預金残高が小さいと低金利の場合にはマイナスの金利となる可能性があります。しかしながら、残高が小さい口座の手数料をとることで一部の預金者の金利がマイナスになったとしても、小さい残高のお金が動くだけで国全体のポートフォリオリバランスにはなりません。ポートフォリオリバランスが起こるためには金融資産残高の大きい富裕層のお金を動かすことが必要なのです。しかしながら、本格的なポートフォリオリバランスを引き起こす可能性のあるマイナスの預金金利に踏み込むことは銀行にとってもリスクが大きく、容易ではありません。つまり現状では、マイナス金利による個人資産のポートフォリオリバランスは限定的と言わざる得ないわけです。
企業に対してはROEへの意識を高めることで余剰資金のコストが認識され、企業活動は確実に変化してきています。一方、個人の安全資産に対して過剰な保有へのペナルティーはありません。結果として、資産課税など、かなり大胆な誘導策がなければ、個人のポートフォリオリバランスを促すことは難しいのではないでしょうか。
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