1回休み


 年末の日経新聞(12/30)に日本電産の永守会長兼社長のインタビューが掲載されていました。これは日本企業の成長戦略を考える上で、重要なインプリケーションがあると思いますので、コメントを取り上げながら解説したいと思います。

 これは、2015年は世界のM&A(合併・買収)の総額が500兆円を超え、過去最高となりました。日本企業の海外M&Aも初めて10兆円の大台を突破。優良案件の奪い合いが激しくなり、買収コストも膨らんでいます。経営判断を誤れば巨額の損失を迫られかねないという問題意識を踏まえた、16年のM&A市場の見通しを永守会長兼社長にお伺いするという内容です。

Q: 「15年は日本企業の巨額買収が活発でした。」

A:「日本企業のM&Aがある度に収益性を分析している。15年は数は多いが、いい買い物が少なかった感じだ。純資産に上乗せして払うのれんが買収額の大半を占めるほど高い製造業の例もあった。どうやって利益を出すのか首をかしげる」

A: 「業界での横並びを狙う海外企業買収も目立った。サラリーマン経営者にありがちだが『1社がM&Aをするとシェアの順位が変わるから、うちもやろう』と無理やり踏み切る。今は問題なくても、景気が悪化した時に巨額の減損損失に苦しむことになる」

(解説)
 これは永守氏らしいコメントです。日本電産は誰もが知る高成長企業ですが、単純に規模拡大を目指した買収を行うのではなく、徹底的に買収価格に拘っています。仮に買収価格が高い場合には、買収金額の目標や売上の目標が短期的に達成できなくても長期での企業価値を上げていこうとする姿勢が明確です。この様に状況に応じて計画未達が許されるのは、経営者が貪欲に成長を求める姿勢が明確だからです。この姿勢自体に疑いが生じると短期的に足踏みをする事がネガティブに捉えられますが、永守氏の場合、その様な姿勢は見識と受け取られポジティブに評価されます。

Q: 「日本電産は珍しく小型の買収ばかりでした。」

A: 「海外で大型買収を狙ったが価格が高すぎた。数十件を検討し、実際に買おうとしたうち8社を見送った。許容できる買収額より平均5割は高い。こういう年は過去にもある。今年は高水準の株価に買収額が影響されにくい小さな企業を相対取引で7件買収した」

A: 「M&Aは買収後が肝心だ。当社は3年以内に営業利益率を10%超にするなど基準がある。買収額が高いと業績を押し下げる。想定より3割高く買ったことがあるが苦労している。高値で買っていいのは、競合企業がいなくなるなど、よほどの相乗効果が見込める場合だけだ」

(解説)
 買収を見送った理由が価格にあることを明確に示しています。また、その様な時にも小さな買収は行っています。小さな買収では企業収益全体へのインパクトは小さいわけですが、買収戦略が市場の状況から1回休みになっている時でも、着実に細かな収益拡大の種をまいている事を示しています。また、買収後の収益イメージも明確に示しています。これによって買収時に価格の妥当性をどの様に永守氏が判断しているのかが、ある程度投資家にもイメージできるようになります。

 Q: 「16年は大型M&Aを再開させるのでしょうか。」

A: 「海外企業は割高だが、国内が面白い。電機やIT(情報技術)業界の再編が起きつつあり、チャンスだ。M&Aを打診した際の反応がより真剣になっている印象で案件も増えている」

A: 「東芝が巨額の最終赤字になる見通しが出たことで、国内大手の経営者が『不採算事業は早く処理しなければならない』という意識に変わり始めた。国内企業は海外より買収後の統合作業が早い。16年は国内のM&Aに注力するつもりだ」

(解説)
 日本電産は海外企業の買収も積極的に行っていますが、何といっても国内企業の不振事業を立て直したという実績があります。これらの実績から日本電産が国内事業で買収のチャンスが広がれば、収益拡大のピッチが加速していく事がイメージできる訳です。

Q: 「20年度に連結売上高2兆円の目標は達成できますか。」

A: 「現在検討中の大型M&Aが3件ぐらいある。車載部品分野などで、それぞれの会社の売上高は数千億円規模。うち1社を買えば、16年度にも売上高2兆円のメドが付く。財務では15年度内に純有利子負債がゼロになる見通し。大型買収への準備は整っている」

(解説)
 通常の企業であれば、財務の非効率性を指摘されると考えられる純有利子負債ゼロをさらりと発言しています。企業の現金をそのように評価するかですが、これはそれを有効に活用する実績がある会社とない会社で大きく異なります。

 ウォーレンバフェットがキャッシュを保有している場合と一般投資家がキャッシュを持っている場合で、そのキャッシュの将来価値が異なるのは理解できると思います。日本電産の場合も、一般的な日本企業が現金を保有しているのとは異なり、永守氏ならば、タイミングも含めて有効活用する外れであると考える訳です。これは、過去の実績と決して無駄にお金を使わず企業価値向上にまい進する経営者への信頼感といえるでしょう。

(日経)聞き手からの一言
「1回休み」経て買収に動く年に
 巧みな買収で日本電産を世界企業に育てた永守氏はM&A成功の秘訣を「休むこと」と語る。投資回収できるかを徹底的に計算。難しいと判断した場合は、すごろくのように「1回休み」にする判断も大切だと強調する。無理な買収は財務を傷めて経営の重荷となり、本当に必要な案件を諦めざるを得なくなるからだ。
 来年に向けて「お買い得」とみるのが国内の電機・IT大手の事業や系列会社。高い技術や顧客基盤を持ち、意識改革次第で高収益体質に再生させやすいという。ほぼ1年間の休みを終えた永守氏が攻めに転じることは確実だ。

(解説)
 日経新聞の記者は今年にもまた日本電産が動き出すといったトーンで締めくくっています。しかし長期投資家から見た場合、そのタイミングは重要ではありません。日本電産の企業価値の源泉は極めて強い成長志向と、徹底的に価格に拘る経営者の姿勢です。日本電産場合、1回休みが2回休みのなろうと3回休みになろうと問題ではなく、むしろチャンスが拡大していると見られるでしょう。

この信頼感は、経営者が長期の投資家が持っているインベスター―としての企業価値向上の尺度を共有化していると感じているからです。永守氏は決してファイナンスの用語を駆使しているわけではありませんが、投資家はそれをファイナンスの用語に置き換えてポジティブに判断しているのです。




 

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