テクニカル分析について考えてみたいと思います。このHPを読まれている方はお気づきだと思いますが、私自身はファンダメンタルズ分析に基づき株式投資を行っており、テクニカル分析は利用していません。しかし、私自身が最初からテクニカル分析を使ってみた事がないわけではないのです。私が入社した時の上司はテクニカル分析一本と言っても良い方でした。ありがたい事に今はお亡くなりになったテクニカルアナリストの大家である佐々木英信先生から直接一目均衡表の解説をしていただいたこともあります。
私がテクニカル分析を使わなくなったのは、必ずしもテクニカル分析を突き詰めて行った結果、有効ではないと判断したために使うのを止めた訳ではありません。顧客に対して説明を求められる運用では理屈で説明できない方法は使わないというのが当初の大きな理由であったと思います。しかしながら、機関投資家としての仕事を離れ個人投資家の皆様とお話をしていると、多くの人がテクニカル分析を行っていること、また個人投資家の方々向けの説明の多くがテクニカル分析を下に行われていることに驚かされます。そこで、私の理解に基づき、テクニカル分析に対する考え方をまとめてみたいと思います。
テクニカル分析が理論的でない理由
テクニカル分析は市場で起こっている現象面を、チャートなどを用いて判断しているため、分析内容の正当化する論拠は不透明です。なにか論拠を付けているものでも、心理学や、部分的にケインズ的な平均的な反応への平均的な予測という考え方、あるいはまだ理論化は出来ていな体系的な相互作用があるなどという見方に基づいています。なかには疑似数学的な専門用語が用いられていますが、それが首尾一貫して理論として成立している事はほとんどありません。テクニカル分析でのキーワードは「まだ理論化されていない」ということなのです。
エリオット波動
エリオット波動の信者は、市場には波があり、それを利用すれば株価の変動が予測できると考えています。エリオットは1939年の著書中で株価はフィボナッチ数に基づく周期で変動すると述べています。市場ははっきりと見ることは出来ませんが心理的理由またはなんらかの体系的理由で起こる波動に基づいて変動し、最も標準的には上昇時に5種類、下落時に3種類の、それぞれ互いに異なる波動が現れると述べています。
また、こうしたパターンには様々な段階があり、いずれの波動や周期も、より大きなそれらの一部であり、またそれより小さな波動や周期を内に含むと考えています。これらをフィボナッチ数に基づき計測し、上昇波動と見れば買い、下落波動と見れば売るわけです。しかし、問題は、「今は波動のどのあたりにいるのか」を判別しようとする時に起こります。つまり、投資家は全ての波動は必然的に大小様々な波動の中に含まれるため、より大きなサイクルとより小さなサイクルのどちらが優位に立ち、買いまたは売りのシグナルを発しているかを判断しなくてはならないわけです。この難問に対応するために、複雑なルールが導入され、それが管理できないほど多くなったために、事実上この理論を反証する事が不可能になっている訳です。
反証が不可能になっているとはどういう事でしょうか?反証を出来ないことを持って正しい事とはなりません。これは同時に正しい事も証明できないわけです。これは観察結果に合わせて、常に修正が行われ場当たり的な例外が追加されていった結果ともいえます。それにも関わらず、この理論が魅力を持ち続けているのは、事後的にはフィボナッチや黄金比などで語られる、自然界に見られる様々な数学的神秘性などが魅力的によると思われます。しかし、これらで得られる様々な教訓は、相場で利益を得られるほど有効なものではないと私は考えています。
移動平均
投資家は、市場や個別銘柄の変動を考える時に、ノイズを排除したトレンドがどの様になっているかを知りたい。その様な時に役に立つのが移動平均です。過去○日の平均値を○日移動平均などと呼びますが、移動平均の値は株価に比べて変動は小さく安定した平均値といえます。
移動平均には様々な変種があり、評価日に近い値を大きく加重したものや、株価のボラティリティを加味したものなどもあります。しかしいずれも、株価の日々の変動を均し、全体的なトレンドを見やすくしたものです。テクニカルアナリストは移動平均を用いて様々な取引ルールを作っており、特に最近のITの発達もあり容易に過去有効だった取引ルールを作ることが可能になっています。
ゴールデンクロス、デットクロスなどという伝統的な手法は株価のトレンドには従えという事になります。この様な取引ルールはある程度有効な場合があるという実証研究も存在しています。しかしながら、当然の事ながら、株価がボックス圏に入った場合には単に手数料だけがかかる事になります。また、取引ルールが発言した時の売買タイミングは、その日の引け値なのか、翌日の寄り付きなのかなど細かなルール設定が実際には必要です。また、より根本的な問題は過去については有効な取引ルールを見つけることは可能ですが、それが将来にもわたって有効であるという保証は全くないという事です。特に機関投資家は市場がある程度効率的であることを前提にしていますので、過去の価格変動は将来の株価には影響を与えないというスタンスをとっています。
抵抗線・支持線
チャートには抵抗線・支持線という重要な概念があります。これは投資家の心理的が市場に大きく影響する事が前提となっています。
例えば、400円で取引されていた株価が300円まで下落し、再び上昇基調に入ったとします。400円で購入した多くの投資家は300円までの下落で損を被り、損を取り返すのに躍起になっていますから、株価が400円近辺にまで戻ると、やれやれと売却を行う可能性が高く、株価は再び下落してしまします。この様にして抵抗線が形成されます。逆に300円で購入しようとして購入できず上昇を取り逃した投資家は、次は買ってやろうと思っているため、300円近辺まで下落すると彼らが買いに出る可能性が高く、株価は再び上昇すると考えられるため、300円が支持線となるわけです。
テクニカル分析では、支持線と抵抗線の間での売買と、それを抜けた場合の新しいトレンド入りにはそのトレンドに付くようにという解説が行われます。ここでも様々なルールの設定が可能であり、その様なルールに従えば利益を得ることが可能であるという研究もあります。
しかし、効率的市場仮説を持ち出すまでもなく、これらのルールには定量化しづらい定性的な要素があり、それらを合わせると取引ルールは非常に複雑になります。抵抗線・支持線の水準は必ずしも一定ではなく、その設定自体が複雑化する傾向にあります。また、注意深く相場の動きを見てみるとエリオット波動の時と同様、様々な抵抗線・支持線やそれを応用したフォーメーションがありとあらゆる所に見られます。日足・週足など以外にも価格刻みのレベルで見ていくと細かなサインが常に出続けており、それにどの様な意味があるのかについて常に悩まされることになるのです。
テクニカル分析で利益は出せるのか
株式市場に関わっていると、テクニカル分析を用いて利益を出している、と断言する人達に出会います。「本当だろうか?」、基本的にそのように断言している人達は儲けています。もちろん儲けの定義はいろいろあり、絶対リターンで儲けているのか、インデックスに対する超過収益が出ているのかなどは様々です。
ファイナンス理論を信奉する学者はそれを疑わしいと考えている訳ですが、短期的にはモメンタムに追従する戦略は効果があり、長期的には逆張り的な手法が有効であるなどを示すデータはあります。また、市場全体の動きが仮にランダムであったとしても、個別銘柄の動きによって他の銘柄の変動が予想できる事もあります。市場には利益を得られる可能性がある様々なアノマリーがあり、テクニカル分析で得られるリターンはその内の1つとも考えられるのです。テクニカル分析にせよ他の手法にせよ、様々な投資戦略に関して、それが有効である決定的な証拠がない事を持って、それが有効でないという事にはなりません。
常識的に考えて、市場には過去の記憶の様なものがあり、その影響を受けていると考えられます。そうであるならば、過去の変動の記憶に基づいた取引で利益を出せる可能性はあるのです。また、多くの市場参加者は学者とはスタンスが異なります。学者の方々はなぜその取引ルールが有効かを納得が出来る根拠をもって理解したいと考えますが、多くの市場参加者にとって納得できる根拠は不要であり、効果的なテクニックが存在すれば、それだけで良いわけです。
どの様な手法を用いる場合もそうですが、その長所や可能性、短所や限界を理解した上で利用するとストレスなく様々な手法を使いこなせると思います。
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