企業業績を理解するのにセグメント情報は欠かせません。しかしながら、企業はしばしばセグメントの変更を行います。企業が適切に事業内容を伝えるためには、その時々のビジネスの状況を適切に表すためにセグメントを変更することは必要です。しかしながら、当然ですが投資家はその変更内容を注意深く見ています。なぜならば、その変更内容によっては企業の内容を見誤る可能性があるからです。
例をあげて説明します。会社Aは、5か国で海外事業を行っています。その内、1ヶ国は売上も大きく高利益で高成長が続いています。これは地域aとして開示されています。残りの4ヶ国は、1ヶ国毎の売上は大きくないため4ヶ国まとめて1つのセグメントとして地域bとして開示されています。地域bに含まれる国の業績はバラバラです。特にその内の1ヶ国の売上は4ヶ国の中では大きいのですが利益は赤字でした。
会社Aは、EVAを用いて収益を管理しており、不振事業に関しては撤退基準を明確にしていると投資家にも説明しています。海外事業担当の役員は業績が相対対的に冴えない地域bの業績を立てなおすよう社長に命じられました。しかし抜本的な改善策は見つかりません。そこで、海外事業担当の役員は妙案を思きました。それは、地域bにあり地域aに隣接している赤字の1ヶ国を地域aに移す事です。赤字の国が地域aに移った事で地域bの利益率は改善しました。一方、地域aは売上利益ともに大きいため、地域bにあった赤字の1ヶ国が加えられても、全体に大きな影響はありません。特に元々地域aは高成長が続いていたため、地域aの利益率はむしろ改善しました。
この結果を見た新人アナリストは、高成長が続き利益率も高い地域aは地域bから1ヶ国加わったために売上が加速。利益率に問題のあった地域bは利益率が改善している事から、海外事業の将来予想を引き上げてしまいました。既にお分かりと思いますが、これは典型的に業績予想の間違いです。
この地域の見直しによって、見かけ上は、両地域ともポジティブに見えます。しかし、これは会社の本質的な実力向上ではありません。このようなセグメントの変更による数字のマジックは、表面的な取り繕いに過ぎません。実力のあるアナリストは、このような会社の姿勢には不信感を持つでしょう。なぜならば問題の先送りに過ぎないからです。もちろん指示をした社長も、このようなやり方にはでは満足しないでしょう。
この様な数字のマジックは、医療に関する統計で有名です。例えば、ガンは、腫瘍の大きさなどによって、Ⅰ~Ⅳの4つのステージが設けられています。ⅠからⅡ、Ⅲと、進むに連れて、病状はより重くなり、各ステージの患者の5年生存率によって、患者に施された治療法や薬剤などの成績が測定されます。
ある病院で、患者のうちの1人が、腫瘍が大きくなったため、1つ上のステージに移ることになったとします。この患者は下のステージでは、他の患者よりも相対的に容態が重く生存確率は低いわけですが、上のステージでは、他の患者に比べて病状が軽く上のステージの中では生存確率は高いわけです。従って、この患者のステージが上がることで、いなくなった下のステージも、この患者が加わった上のステージも、ともに生存率が向上することになります。
このように、見かけ上の生存率が上昇する効果を、「ステージ・マイグレーション(Stage Migration)」と呼び、医療統計を作成する際には、このような効果の有無を把握するために、患者のステージ分布が変化していないかどうかを確認することが、必要とされています。
医療統計において、ステージ・マイグレーションは、誰も意図しないままに、知らず知らずのうちに、このような効果が治療実績に入り込んでしまう点ですが、企業のセグメント情報にもこの様な効果は入りがちです。投資家が企業のセグメント内容の変更を注意深く見ることが重要であるのは当然ですが、企業も投資家から疑いを持たれない様な開示に努める事が必要です。セグメント内容の変更にあたっては、変更前後での影響を丁寧に説明することが重要といえるのです。
ご意見ご感想を送信する