マイナス金利で不動産価格は上がるか


マイナス金利で、住宅ローン金利が下がり始めました。これによって、住宅建設や不動産投資が増えるのではないかという期待があります。欧州の例を見てもマイナス金利で不動産価格は上昇しています。日本も同じように不動産価格は上がるのでしょうか。まず、マイナス金利で資産運用はどの様に変わるのかを再確認します。(「マイナス金利を踏まえたアセットアロケーションの考え方」参照)

もちろん、投資家から見た場合、株や債券と異なる値動きが期待できる資産は魅力です。しかし、基本に戻って考えておかなければならない事は、不動産価格が何によって決まるかです。不動産価格をはじめとする価格の決定には普遍的な原則があります。それは、資産価格がキャッシュフローの現在価値で決まるという事です。もちろん、金利が低下した事でディスカウントレートは低下します。したがって、将来キャッシュフローが変化しなければ、その分不動産価格は上がるでしょう。しかしながら、既にゼロ金利であった日本の金利低下余地はわずかです。これによって上昇する部分は限定的だと私は考えています。住宅展示場が賑わっているという話がありますが、その理由が金利なのか、消費税増税を睨んだ駆け込みの要因なのかは明らかでありません。現在期待されている経済対策でも公共投資や住宅対策など従来型の政策が採られる可能性はありますが、それらの効果は一時しのぎに過ぎないと考えられます。バブル崩壊以降、経済対策は一時的な需要を生み出すことで需要の山谷は作りましたが、趨勢としての低下トレンドは変化していません。世界の不動産が上昇を続ける中、なぜ日本の不動産価格が低迷を抜け出せないのか、その根本的な理由を考えます。

価格についての考え方を具体例で話を簡略化して説明するために不動産の現在価値を20年間のキャッシュフローで考えてみます。
毎年のキャッシュフローが5となる不動産があるとします。毎年のキャッシュフローから計算される現在価値は、割引率が5%とすると、5÷1.05+5÷1.05÷1.05+・・・となり62.3になります。1%とすると90.2、0%とすると100となるわけです。住宅ローン金利は1%を割り込む水準にまで達していますが、さすがに1%を切る割引率を設定するのは無理があると思いますが、要は維持に必要な全てのコストを割り引いた上で投資額に対して5%以上のリターンがあってはじめて20年間のキャッシュフローから計算される価格として正当化されるという事です。バブル崩壊以降の不動産価格の推移は、土地の価格が上昇することを前提とした投資から、土地の価格が上昇しないことを前提にキャッシュフローの現在価値で不動産価格を計算してみることによる価格調整が起こり、その後は金利低下の効果はあるものの、その影響は限定的という事になります。

しかし、ここで重要な価値が欠落しています。これは20年後の残存価格です。先程の計算は不動産から得られるキャッシュフローだけです。日本の不動産はその建物部分の残存価値が基本的にゼロになっています。そのため、基本的には不動産に投資をしても、家賃を一括して前払いしているに状態に過ぎず、リターンはほとんど期待できないわけです。土地の価格があるだろうという指摘があるかも知れません。しかし、土地はその上に建てるものや使い方によってキャッシュフローを生み出さない限りその価値はありません。では、この様な環境下で合理的な投資とはどの様なものでしょうか。

得られるキャッシュフォローが総投資額と裁定が働くとすれば、建物と土地の比率で土地の比率が高いものに投資するという事が考えられます。土地の価格に変化がないならば、建物に対してのキャッシュフローの比率が高くなるため、相対的に建物比での利回りが高くなるためです。地方の不動産価格がなかなか下げ止まらず、都心の不動産価格が底を打っているのはそのためです。

もう一つは20年先の残存価格がゼロにならないものに投資するというやり方です。これは、東京都でも一戸建てではなくマンションの価格が上昇している事からも解ると思います。100で投資したものの20年後の価格が100であれば、そこから計算される現在価値は割引率5%の時61.4、1%の時90.5、0%なら100となります。不動産の価値は、キャッシュフローと将来価格の現在価値の和となりますから、その効果の大きさが分ります。

欧州で金利低下によって不動産価格が上がっているのはキャッシュフローと残存価値に対してダブルの効果があるからです。欧米は建物の価格は20年たってもゼロにはなりません。むしろ同額または上昇するのが一般的です。その様な市場で金利がゼロになる効果は絶大です。なぜならば、投資した金額がそのまま将来も約束されているとすると、そこから得られるキャッシュフォローはそのまま投資家に入るからです。

20年後の価値がゼロになるものへの投資であれば、それは必ず消えてなくなるわけですから、出来るだけ投資を抑えようという意識が働きます。なぜならばこれは単純な消費でだからです。この場合自分の所得と比べてどの程度使うかという発想で価格が決定されます。一方、100のものが20年後100またはそれ以上で帰って来るとなると話は別です。この場合は、投資であれば、そこ得られるキャッシュフローがそのまま自分の利益になります。自分が住む場合には、利益ではありませんが、維持コスト分で住む事ができ、バリューアップする可能性もあると考えると、払える範囲で出来るだけ高いものに住もうとするわけです。

出来るだけ大きな額の投資をした方が有利となると、人々は今よりもより投資額が大きいものへの投資を考えるようになります。こうなると、人々は自分の所得で借入の支払いが可能な範囲で大きなものを買い、所得が増えると、住居を売却しさらに大きな物件に住みかえようとするはずです。その様になると価格上昇の循環は本格化します。

また、更に極端にいうと、価格が下がらないのであれば、ゼロ金利下では基本的には負債を返す必要もありません。なぜならば負債で投資した分は担保価値が維持されるため、常に同額の借入が可能だからです。銀行も安心して幾らでも貸し出すことが可能です。

この様な状態が実現した場合、不動産業界にとっては中古市場が大幅に拡大することで取引量の拡大が期待できます。建設業界もこれまでのような縮小していく新築市場のパイを取り合う状況から、人々が住居のバリューアップを考えるため、全住居を対象とするリフォーム需要に市場が変わることで大幅な市場拡大が期待できます。また、効果は不動産市場に止まりません。これまで住宅という消費財に相当な資金を投入していましたが、それが大幅に抑えられることにより消費余力が高まることが期待できるからです。

つまり日本の不動産価格を回復させるためには、20年で建物の価値がゼロになるという日本の慣習を是正することが極めて重要なのです。家なのだから住み続けるうちに老朽化するため価値が下がるのは当然だと、日本人は考えています。しかし本来であれば、メンテナンスなどへの投資が行い、家を単なる「消費財」ではなく「資産」とするべきなのです。

海外の多くの国では日本とまったく状況が異なっており、「家は金融商品と同じ、投資するもの」と考えられています。そのため、家がより大きなキャッシュフローを生むための投資も積極的です。たとえば、ドイツでは不動産市場のうち7割以上を中古住宅が占めています(日本は十数%台)。しっかりしたメンテナンスを行い価値がしっかりと維持されており、戦前に建てられた住宅が、新築より高値で取り引きされているケースも少なくありません。だからこそ、住宅に対して継続的なメンテナンス投資が行われるのです。こうした日本とドイツの不動産市場の違いは文化や建築物の構造問題に加え、土地政策に依るところが大きいと言われています。

ドイツは、自治体ごとに20年先までの大まかな土地利用計画を策定することが義務付けられており、住宅や産業、交通など土地の用途ごとの詳細な建設計画をとして練り上げています。商業地域や工業地域でも家を建てることができる緩やかな日本の土地区分制度と異なり、これらの計画の拘束力は強く、たとえ地価が上がってもプランに記載されていなければ、住宅建設のための土地売買はできません。この様にルールが厳格に運用されるため、家の価値がきっちりと保証されているのです。この様に、行政や建設・建築業者もプランに縛られるため、無計画に住宅地が広がることはありません。この10年間の新築着工件数は年15万~25万戸。総住宅数は総世帯数とほぼ同水準の4000万戸超で推移しています。需給がバランスしているため、最低でもインフレ上昇分は自動的に家の資産価値が高まるメカニズムになっているのです。

一方、日本は新築住宅に関する制約がないため、不動産会社や建設会社にとって投資回収が確実な新築ばかりを作り続けてきました。総務省の調査では、2013年の総住宅数は6063万戸となっており、総世帯数の5245万戸を大幅に上回っています。その様な状況下で、年90万戸の住宅が新たに作られているため、常に価格低下圧力が働くのです。

ここでもドイツの取り組みは参考になります。ドイツの取り組みは新築抑制だけではく、2000年前後から中古住宅の流通活性化にも力を入れています。きっかけはエネルギー政策の転換と言われています。エネルギー資源の9割を輸入に頼っていたドイツは、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの導入を積極的に推進と同時に、エネルギー消費全体の4割を占める住宅の省エネ化に本腰を入れました。その際、「すでに建てられている家を取り壊して新たに建てるより、省エネ設備を入れるための改修・補修をすることで、コストを節約できる」との考えから、ドイツでは新築向けに出していた補助金を廃止し、その代わりとして、中古の改修・補修向けに手厚い補助金を付けることにしたとのです。

また、住宅政策の大転換がうまく機能した理由は、EUで義務化された「エネルギー・パス」と呼ばれる住宅の省エネ評価制度の存在があったと言われています。同制度では、寒暖を防ぐ三重構造の窓ガラスなど家の改修によって生まれた省エネ効果を点数化。評価は不動産広告への記載が義務付けられています。点数の高低は家の資産価値に直結するため、人々は一斉に中古住宅のリフォームに乗り出すことになりました。その結果、多くの建設会社や工務店がリフォーム・リノベーションへと業態を変えています。日本の不動産広告を見ると広さ間取り築年数のみが書かれており、住宅の客観的な性能表示はありません。資産価格を顕在化させるためにはこの様な仕掛けもあるのです。日本には中古住宅を正当に評価する制度がないため、中古住宅に投資するインセンティブが働きません。その結果、メンテナンスが十分でないため実質的な価値の低下も激しいのです。

ドイツでも当初は、中古重視への住宅政策の転換に不動産・建設業界の反発があったものの、中古に厚い補助金制度の経済政策効果が現れてきたためその動きは沈静化したとのことです。ドイツ政府は2011年までの6年間で改修・補修関連の補助金として68億ユーロを支出しましたが、それによって生み出したリフォーム需要による付加価値税で支出額の2倍以上の144億ユーロが国に戻ってきたといわれています。これは政策変更によって、極めて大きな経済波及効果が不動産・建設業界に及ぶことを示しています。

日本では「20年で価値ゼロ」という慣例によって、住宅が資産になっていません。土地神話が崩れた今、新築で家を買うということは大金を払ってわざわざ「借金」を背負い消費をしているに過ぎないわけです。金利が低下しただけでは、その様な投資が広がるとは考えにくいと言えます。逆に価値が維持される仕組みが構築された場合には、そのインパクトは絶大だと考えられます。

マイナス金利による不動産へのインパクトはアナウンスメント効果が大半で、経済的な価値の上昇は限定的です。それよりも、不動産市場の活性化に向けたヒントはドイツの事例や日本のマンション価格と一戸建て価格の差異に現れているのではないでしょうか。

*当原稿は、日経ビジネス掲載の数字を基に作成しています。



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