東京オリンピックは7月総会のきっかけになるか


日本の株主総会に関して企業が取り組むべき項目について常に挙げられるのが、株主総会開催日の分散化と、招集通知の早期開示です。株主総会の6月集中は世界各国の中でも日本にしか見られない問題であり、近年、政策当局からも問題提起がなされるようになっています。

コーポレートガバナンス・コードでも【補充原則1-2③】で「上場会社は、株主との建設的な対話の充実や、そのための正確な情報提供等の観点を考慮し、株主総会開催日をはじめとする株主総会関連の日程の適切な設定を行うべきである。」としており、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループにおいても、各種開示書類の開示内容の整理という論点と合わせて、株主総会の日程のあり方についても問題提起がなされています。

しかしながら、こうした政策当局の議論においても、依然として、株主総会の分散化に向けた具体的な提案や施策を打ち出すには至っていません。その理由は、株主総会を開催する企業側にとっては、法的な整理も含めて、自ら積極的に現在の慣行をあえて変更するような強いニーズがないこと。また、機関投資家側から見ても、例えば株主総会を7月に開催するという案に関しては強く反対ではないものの、特に強く推進したいというわけでもありません。これは、既に株主総会・議決権行使に関する一連の流れがある程度確立しており、それを崩すほどのニーズが乏しいからと考えられます。

しかしながら、株主の最も重要な意思表示の場である株主総会において、詳細な情報が記載された有価証券報告書が利用できないこと、決議事項について株主と企業との対話の時間がほとんどないという問題の抜本的解決には7月総会が有効であるという事は以前から指摘されてきたところです。

さて、理論的には理解されても、これまで実際に行われる事のなかった7月総会が意外な事をきっかけに進むかもしれません。これは、東京オリンピックの開催に向けた大規模イベント施設のリニューアルに伴う会議場不足です。

音楽業界では2016年問題と言われ、東京厚生年金会館、渋谷公会堂、中野サンプラザなど2000人規模の集客を見込めるライブ会場が次々と閉鎖になる事が話題になっていますが、これは株主総会で大規模な会議場を利用する企業にとっても同じ問題です。

改修が予定されている主な会場の中でも、日本武道館はエーザイやJAL、東京国際フォーラムはソフトバンクなど多くの株主が参加する人気の株主総会もあります。つまり、東京オリンピックに向けて大規模会場が改修されることで、その間は多くの会社が株主総会会場を探す必要が出て来ており、会場を確保する必要から株主総会開催日の分散を図ることが必要になる可能性が出ているのです。
もちろん、株主総会開催場所の確保に関しては開催日の分散以外の方法もあります。旧商法では株主総会は原則として本店所在地又は隣接地で招集しなければならないと定め、定款における別段の定めによってその他の場所で招集することを許容するに過ぎませんでした。これに対し会社法では、このような制限が廃止され、本店所在地又は隣接地以外を招集地とすることが可能となっています。但し、招集の場所として株主にとって不利益な地を選定した場合は、招集手続が著しく不公正な場合として総会決議取消事由となる可能性があるため、この点に留意する必要はあります。また、過去に開催した株主総会のいずれの場所とも著しく離れた場所を招集地と決定した場合には、原則として、その理由を明らかにして、招集通知に記載する必要がある点にも注意する必要があるなど、開催地を大幅に変更するのは簡単ではなさそうです。

また、会場に収容しきれない人に対してWEBで株主総会を開催し参加してもらうという考え方もあります。現在でもソフトバンクなどはWEBでリアルタイムに総会を見ることが出来ますし、総会終了後、WEBで総会の様子を見ることが出来る会社もあります。しかし、株主がWEBを通じて質問を行うためには株主であることを確認するプロセスも必要になるため、そのための仕組み作りも必要となるなど、個社の努力を超えた部分もあります。

この様に考えると、既に法的な論点整理がなされている7月総会を検討することは株主総会の開催場所確保の問題を解決する上で現実的な選択肢といえるでしょう。また、これまでは7月総会の事例が無かった事から躊躇していた企業も先行事例が出来れば7月総会を検討するのではないでしょうか。

しかし、この様な話を企業の総会担当者と話していると意外な不安を持っていることが分りました。それは「株主総会の開催時期の分散が総会に参加する人数の減少や、議決権行使比率の低下につながるのではないか」という不安です。

ガバナンスを研究している人から見た場合の一般認識としては、開催時期の分散は株主総会に参加したい人が参加できる環境を整えることになるため、参加人数の増加や行使比率の増加に繋がると考えます。しかし、現実には開催時期を分散し株主が参加しやすい環境を作ると逆に参加人数が減少することがあるそうです。具体的には朝から昼過ぎまでの総会を行っていた会社が15時以降に総会を行うと参加人数が減少するという事があるそうです。現在は、株主総会が集中しているため、個人投資家の中には株主総会のリストを作成し朝から順番に廻って行く人もいます。現在の株主総会は一種の週間イベントの様になっており、時期も場所も集中しているが故に参加しやすいという面がある様です。

日本企業はあの手この手で個人投資家の参加を促しています。お土産や株主優待だけでなく、分り易く会社の状況を伝えるために株主通信を送るなど、個人に対する対応は世界でも最も手厚いのではないでしょうか。外国人など機関投資家から見ると個人株主を優遇しているのは議案を検討することが少ない株主を増やしている様にも見えますし、お土産や株主優待をするくらいなら配当を増やして欲しいという意見も多いと思います。なぜ、企業はこの様に個人投資家に対して手厚い対応をとっているのでしょうか。

日本取引所グループが発表している2014年度の株主分布状況調査を見ると、個人株主の延べ人数は前年度比6.7万人増加して4,582万人となっています。これは、株主数の97.2%を占めています。逆に保有割合で見ると17.3%と前年度比▲1.4%となっています。つまり、個人株主は株主総会で議案を通すために必要な訳ではないのです。また、議決権行使比率に関しても17.3%の保有比率に過ぎない個人投資家が全く行使しなかったとしても全体としては株主総会の成立要件に問題は生じません。つまり、企業が個人投資家の総会参加や議決権行使に拘るのは、無条件で会社提案に賛成する株主を増やそうとしていると考えるのは合理的ではないと考えられます。

そこで今週、株主総会の担当者の方々に、企業が議決権の行使比率や総会の参加人数に拘っている理由を聞いてみました。その答えを集約すると下記の様なものになります(これは、プロキシーファイトなどがない平時における、総会担当者が考える優先順位です)。
1.適法に総会を終了し、会社提案を無事決議すること
2.選任議案に関しては、出来るだけ高い賛成率で通過させること
出来るだけ対話をして理解を求めることによって行使を促し、会社のファンを作ることで賛成票を確保する。つまり行使率を上げようと努力した分は、結果として賛成率として積み上がるわけです。

また、行使比率に関しては「実質的な賛成率」という考え方も教えていただきました。仮に賛成率100%だったとしても、行使率が60%なら全体の6割しか積極的な賛成が得られていません。もし賛成率が80%で、行使率が50%なら、積極的な賛成は4割となり、半分を割ります。これでいいのかという問題があるわけです。

先程の保有割合を考えると極端な場合、全ての個人投資家が反対している議案でも、他の投資家が賛成している場合には議案が成立します。これは資本主義の世界では資本多数決の原則を採用するため議決権の保有割合で決議を行うためです。しかし、97%の株主が反対している議案を3%の株主の意志によって決定して良いのかという問題はあるわけです。逆の立場で考えると、全ての機関投資家が反対する議案に少数の安定株主が賛成して議案が決議されたら機関投資家は大きな声を上げるはずです。

つまり総会担当者は議案を無事に通すことは最低限かつ必須の仕事と考える一方、できるだけ実質的にも多数の信任を得たいと考えています。選挙でも、たとえ投票率10%の場合でもトップ得票すれば当選ですが、それで本当に民意を反映しているのかと言われます。無関心な有権者が増えるのは政治側の責任ではないのかと言われますが、企業も似たような思いがあり株主に積極的な参加を促すのは企業の責任と捉えている訳です。

一般的には個人投資家の議決権行使比率は低く、また外国人投資家でもアジアや中東の投資家は基本的に議決権行使を行いません。アジアや中東の投資家はコストの問題から議決権行使しないことを運用会社の方針としているため、企業努力で行使を促す事は困難です。したがって、総会担当者は努力の価値がある個人投資家に対して積極的なアプローチを行っているわけです。

機関投資家は、知識を備え高質な対話を行うことが出来る自分達と対話をすれば十分だと考える場合があります。しかし、社会的に重要な存在である上場会社がその正統性を高める上で、株主数の大部分を占める個人投資家に対して積極的な開示を行い、その参加を求めている事は深い意味があると感じます。機関投資家は専門知識を持つ責任ある投資家として高次元の対話を行うことが求められています。一方、分り易い言葉で企業の実態を開示し個人投資家など様々なステークホルダーのニーズに応えていく意味は小さくないのではないでしょうか。

最近の株主総会はかつてシャンシャン総会と言われた形式的な総会ではなく、多くの参加者を集め、総会屋ではない、普通の個人投資家が普通に質問を行っています。質問のクォリティーに関してはいろいろな意見があると思いますが、なかには機関投資家から見ても気付きのあるような質問も見られます。企業経営者も自社に興味を持つ株主が多く参加し、質問も出る総会を経験すると、閑散として質問もなく総会が終ると寂しく思うようです。

企業のマインドセットは着実に変化してきて来ています。会場確保の問題をきっかけに、開催時期やWEBの活用などの議論が進展し、より多くの株主が参加出来る環境を整えることが出来れば、社会全体のガバナンス改革を目指す日本にとって、東京オリンピックが残した大きな副産物と言えるようになるかもしれません。




 

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